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【Aperitif de Cinema】「映画」という名のメイン・ディッシュをより深く味わうために、“科学フレーバー”の食前酒はいかが?

文/佐保 圭

今宵の逸品

ファイナル・カット

もし、人間の“記憶”をコンピュータでビデオのように再生できたら……!?
“記憶の所有権”という哲学的なテーマに挑んだ意欲作!

 舞台は近未来。ある企業が「胎児の脳への記憶チップの移植」というサービスを提供していた。その人物が死んだ後、チップを摘出し、故人の全生涯の記憶を感動的な短編映画へと編集し、遺族や友人たちの前で上映するためだった。その“神”をも畏れぬ行為に反発する人権団体に狙われながら、「人生の編集者」が最後にたどり着いた衝撃の結末とは……?

■原題:THE FINAL CUT
■2004年/アメリカ映画/94分
■監督・脚本:オマール・ナイーム
■主演:ロビン・ウィリアムズ

DVD
ファイナル・カット
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今宵の1杯

現代科学は“記憶”を再生できるか

 恐ろしい物語だ。あんなことやこんなことが、全部、他人に見られてしまうわけだから。映画の中で語られる「頭ともどもチップを破壊するため、ビルの屋上から飛び降りた人」の追いつめられた気持ちもよくわかる。

 よし、今回のテーマは「記憶」だ!ということで、早速、慶應義塾大学環境情報学部ならびに先端生命科学研究所専任講師の菊地進一先生に会いに行った。菊地先生は2003年、同大学の冨田勝教授の助手として「脳神経細胞のコンピュータシミュレーション」に成功し、記憶のメカニズムの解明に新しい手法を示したことで注目された新進気鋭の研究者だ。

「コンピュータ上で、脳の中で記憶を司る海馬のCA1野の神経細胞の1つをシミュレートして、現象の再現だけでなく、記憶のメカニズムまで再現しました」
 神経細胞間の刺激が、数時間、数日間という長い期間で伝達しやすい状態にあることをLTP(長期増強)、伝達しにくい状態にあることをLTD(長期抑圧)という。このLTPとLTDが海馬での短期記憶(一時的な記憶)に関わっている。菊地先生らは、神経細胞内のカルシウム濃度の変化によってLTPとLTDが切り替わる「記憶のメカニズム」をシミュレートしたという……。
「めちゃくちゃ乱暴な言い方をすれば、この“1つの神経細胞”を1000億個つなげられたとしたら、コンピュータ上で“脳”もどきができるかもしれない、というふうに考えてもらえば、少しはわかりやすいでしょうか」

 現代科学はそこまで脳に迫っていたのか! でも、まさか「記憶情報」までは取り出せないですよね?
「“情報”として取り出すだけなら、できますよ。ただし、正確には“記憶”というより、リアルタイムで何を感じているかという“思考”の情報を外に取り出す方法です。その“思考”の情報の蓄積を“記憶”と解釈していいならば……という話なんですけれど」
〈リアルタイムでの記憶〉ということは、まさしくこの映画と同じ考え方じゃあないですか! 教えください!!
「私の研究の1つを例に挙げると、グルタミン酸など10~20種の化学物質に着目して、例えばコーヒーを飲むなどの刺激を与えた場合、脳の中でその化学物質の濃度が刻一刻とどう変化してゆくのか、MRSという機械を使ってデータを取っています。それに、他にも興味深いレビューが発表されていますよ」と言って、菊地先生は、ある研究発表のコピーを差し出した。

 そこには、サルの脳に機械を取り付け、そこから得た電気的情報をコンピュータに取り込み、動画として再生する実験方法の解説写真&イラストが掲載されていた。
「10マイクロメートルの解析度で1万か所の電気刺激を検出可能、動画のコマ数は1ミリ秒単位だと書かれていますから、この方法だと、何か見た時に脳の中で起こっている電気的反応が、かなり克明にわかるでしょうね」
 その動画1枚1枚の画像の蓄積が、後に“記憶”となるものの元データ……つまり、“記憶”の情報として、すでに取り出されているってわけなのだ!!
「で、この画像はどんな意味を持つんですか?」「それはわかりません」「え?」「ただ、画像解釈のヒントは思いつきましたが……」「ぜひ教えてくださいっ!」

 その後、菊地先生は忍耐強くレクチャーしてくれた。取材は3時間を超えた。だが、残念なことに、菊地先生の斬新なアイデアをここで説明することはできない。
 なぜなら……読者のみなさんゴメンナサイ。私の頭の中のCPUでは、ついてゆくことできませんでした……。

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