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【Aperitif de Cinema】「映画」という名のメイン・ディッシュをより深く味わうために、“科学フレーバー”の食前酒はいかが?

写真・文/佐保 圭

今宵の逸品

ウルヴァリン:X-MEN ZERO

アメリカンコミックから飛び出した人気シリーズの最新作。
主演のヒュー・ジャックマンの肉体美も凄い!

不死身の体に生まれた2人の兄弟は、南北戦争、第一次、第二次世界大戦、ベトナム戦争と、150年以上も兵士として戦い続けてきた。やがて、特殊部隊に配属されたが、その非人道的な任務に嫌気がさした弟のローガン(ヒュー・ジャックマン)は、部隊を抜け、カナダの山奥で美しい恋人と隠遁生活を始める。だが、そこにも特殊部隊の魔の手が忍び寄って……。リアリティを追求したスタントが炸裂する痛快SFアクション映画。

■原題:X-MEN ORIGINES:WOLVERINE
■監督:ギャヴィン・フッド
■主演:ヒュー・ジャックマン

劇場映画
ウルヴァリン:X-MEN ZERO
  • 提供・配給:20世紀フォックス映画
  • 公開:9月11日(金)TOHOシネマズ日劇他全国ロードショー
  • 公式HP
今宵の1杯

 とにかく強いのである。
 主人公のウルヴァリンは、その誕生秘話となる今回の“X-MEN ZERO”でも、やたらめったら強い。なにせ、ザックリ刺されても、ドカンとぶっ飛ばされても、ギャフンと叩きつけられても、あっという間に元通りに再生してしまうのだ。
 それに、トレードマークとも言える、あの拳から突き出した3本の刃。地球上には存在せず、隕石から採取され、地球上のどんな物質よりも硬い「アダマンチウム」という金属でできていて、飛行機の翼だろうが研究室の鉄の扉だろうがコンクリートの壁だろうがなんだろうが、片っ端から引き裂いてしまうのである。
 うらやましい。こんな低迷したご時世に、なんでもかんでもぶった切ることができたら、さぞやスッキリするだろう。
 でも、ちょっと待てよ。地球上で一番硬いのは、金属じゃなくて、ダイヤモンドだろ? あの無敵のダイヤモンドが、いくら宇宙から来たからって、金属なんかに硬さで負けるっていうのは、ちょっと承伏しかねる……。
 ということで、現実の世界でも、もしかしたらダイヤモンドよりも硬い地球外物質が発見されているかもしれないと、調べてみた。
 すると、驚くべきニュースが出てきた。
 今年初め、上海Jiao Tong大学の国際的チームが「ロンズデーライト」という物質に鋭利なもので圧力をかけるシミュレーションを行った結果、ダイヤモンドより58%『硬い』ことがわかったというのだ。しかも、このロンズデーライトという物質、地球上では隕石の衝突によって、ごく稀に形成される物質とのこと。それって、まるで“X-MEN ZERO”に出てきた「アダマンチウム」みたいじゃないか!
 さらに調べると、このロンズデーライト、日本では「六方晶ダイヤモンド」と呼ばれ、かなり以前から知られている物質だった。
 あれ? 「ダイヤモンド」よりも硬い物質が「六方晶ダイヤモンド」っていうことは、やっぱり、一番硬いのはダイヤモンドってことじゃないの!?
 なんだか頭がこんがらがってきた。こうなれば、やはり専門家に教えてもらうのが一番ということで、日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門新エネルギー材料研究グループの理学博士、内海渉グループリーダーに取材するべく、東京大学物性研究所を訪ねた。

▲日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門新エネルギー材料研究グループの理学博士、内海渉グループリーダー。

 内海氏は現在、“J-PARC”のプロジェクトに携わる研究者である。J-PARCとは、世界最高クラスの大強度陽子ビームを生成する加速器と実験施設で構成され、昨年12月から稼動している茨城県東海村にある最先端科学研究施設。そこで、内海氏は高圧ビームラインの建設に携わっている。
 そう、この「高圧」が、ダイヤモンドと深い関係にあるのだ。
 「天然のダイヤモンドは、黒鉛(グラファイト)などの炭素の塊が地中深くの1500〜2000℃という高温下で5〜6万気圧の高圧をかけられてできたものです。どちらも炭素(C)だけでできた結晶だから、ダイヤモンドも黒鉛のように、高温にすれば燃えるわけです」
 そう内海氏が説明するように、高温・高圧処理を施せば黒鉛はダイヤモンドになる。実際、1987年から1993年にかけて、東京大学物性研究所の八木健彦教授のもとで、内海氏が助手としてダイヤモンドの研究に没頭していた頃も、研究室の設備を使って黒鉛から人工的にダイヤモンドを生成していたという。
 八木教授は、物質科学および地球物理学の世界的第一人者である。今回の取材場所として、内海氏が現在の職場ではなく、東京大学物性研究所新物質科学研究部門の八木健彦教授の研究室を指定したのも、自身がかつて研究に使用していた高温高圧装置が稼動しているからだった。
 さらに、内海氏は、1992年、高温にすることなく、室温下でも、非常に結晶性のよい黒鉛の単結晶試料に18GPa(ギガパスカル)の高圧をかければ、六方晶ダイヤモンドに変換できるという画期的な実験結果の論文を発表している。「1Pa=1平方メートル当たり1ニュートンの力」で、1気圧は約100,000Paなので、18GPa(18,000,000,000Pa)はおよそ18万気圧と考えられる。つまり、内海氏は十数年前に、黒鉛に18万気圧かけることで、室温下で六方晶ダイヤモンドを生成していたのだ。
 そんな内海氏に、すばり「ロンズデーライトというのはダイヤモンドよりも硬い物質なんですか?」と訊ねてみると、笑顔でこう答えた。
 「その説明をするためには、まず初めに『硬い』ということがどういうことかについて、お話ししなければなりません」

“硬い”とはどういう意味か


 内海氏がパソコン画面に出したのは「モースの硬度」表だった。モースの硬度とは、ドイツの鉱物学者フリードリッヒ・モース(1773-1839)によって考案された“モノの硬さ”を表す指標である。
 「この有名な硬度の表は、2つの鉱物をこすり合わせて、傷ついた鉱物の方が硬くないと判断されたものなので、あくまでも相対的な硬さの順位しか決められないのです」
 このモースの硬度をできるだけ厳密な方法で測るための測定器が「ビッカース硬度計」や「ヌープ硬度計」だという。
 ダイヤモンドの針を使い、鉱物の表面を一定の力で押さえ、ミゾをつくる。このミゾの大きさによって硬さを決めるのだ。

▲モース硬度とヌープ硬度の対比グラフ表。

 このヌープ硬度で計っても、やはりダイヤモンドが一番硬いことに変わらない……っていうか、一番硬いダイヤモンドの針で測っているのだから当然である。
 「このような硬さの計り方は『押し込み固さ』と呼ばれて、工業材料の硬さを計るうえでは、とても重要なんです」と内海氏。
 「じゃあ、結局、ダイヤモンドが地球上で一番硬いんですね」と言うと、内海氏は笑顔で言った。
 「ダイヤモンドも、ハンマーで思い切り叩いて割ることができるって、ご存知ですか」
 何それ? 一番硬い物質がハンマーで叩き割れるはずないじゃん!
 「実は、ダイヤモンドなどの鉱物には“劈開(へきかい)”という性質があるんです(内海)」
 劈開とは、鉱物の結晶が原子の結合力の弱い方向に沿って割れる現象だという。その性質は「劈開性」と呼ばれ、ダイヤモンドもその性質を持っている。なので、モース硬度だとダイヤモンドより硬くないはずのハンマーでも、ダイヤモンドの“原子の結合力の弱い方向”を狙って思い切り叩けば、割ることができるのだ。
 「劈開性を持つ結晶の場合、力を加える方向によって強度が変わってしまいます。ですから、私たち研究者は、この計り方だけでは物質の硬さを判断しないんです(内海氏)」
 では、科学者は物質の硬さをどのようにして計ってるの?
 「力をかける方向のちがいによって硬さが変わらないようにするためには、その物質全体にまんべんなく力を加える必要があります。そこで、科学的に物質の硬さを調べるときには、その物質を高圧下に置いて、その圧力による体積の変化、つまり“圧縮されにくさ”を調べるのです(内海氏)」
 調べたい物質全体に圧力をかけていったとき、その体積の圧縮率が低ければ低いほど「硬い」とされる———ここでもまた「高圧」が出てくるのだった。

科学的な“硬さ”とは“圧縮されにくさ”


 

内海氏は、八木研究室に設置されている高温高圧装置を使って、黒鉛をどうやって加熱・加圧してダイヤモンドにするのか、説明してくれた。

▲内海氏も助手時代に実際に使っていたという高温高圧装置。ものすごい圧力をかけるためには、こんなに大きな装置が必要なのだ。

▲試料を高温高圧装置にセットするためのツール。試料は加熱のための電極リング、ヒーターとともに圧力容器に入れられる。

▲高温高圧装置に試料をセットする部分。指先の部分に圧力容器をセットすると、上から圧力機の上部が降りてきて、立方体の圧力容器に対して6方向から圧力がかけられていく仕組みになっている。

 では、実際にその方法で硬さを計るとどうなるのか。
 内海氏に表をみせてもらった。

▲種々の物質の圧力による体積変化のグラフ。縦軸が物質の体積の割合、横軸が物質にかけられた圧力。グラフをみれば、どんどん加圧していったとき、ダイヤモンドが一番体積が変わりにくい(圧縮されにくい)ことがわかる。

 この方法で計っても、やっぱりダイヤモンドが一番圧縮されにくい……つまり“硬い”ということだった。
 それにしても、そもそもダイヤモンドって、なんでそんなに硬いんだろ?
 「その理由は、ダイヤモンドの結晶の構造にあります」と言って、内海氏はダイヤモンドの分子モデルの絵をパソコン画面に出してくれた。

▲ダイヤモンド中の炭素原子の骨格構造。

 ダイヤモンドは炭素(C)の分子が4本の結合の手で他の炭素の分子とつながってできている。1つの炭素分子に注目すれば、4本の結合の手は、正四面体の中心にある炭素原子からその正四面体の4つの頂点の方向に向かって伸びた形になっている。それぞれの結合の手はお互いの角度がすべて109.5度となり、ゆがみのない形になっているため、非常に安定した壊れにくい形なのだという。この正四面体型とも言うべき形で次々と立体的に炭素(C)分子をつなげっていったものが「ダイヤモンド」なのである。
 確かに、正四面体で積み上げられた構造物というのは、素人の直観的にも、外からの力でもひずまず、強そうに思える。
 「いわゆるダイヤモンドの場合、この正四面体がいくつか集まって立方体の形になるような結晶構造をしているので『立方晶』と呼ばれています(内海氏)」

▲立方晶ダイヤモンドの結晶構造。正四面体型の炭素原子のいくつかを一つのかたまりとしてみたとき、ちょうど立方体の中におさまるような形になっている。

 なるほど、これがダイヤモンドなのか……と感心して眺めているわたしに、内海先生がさらりと言った。
 「そして、この正四面体がいくつか集まって六角柱のような形になるような結晶構造をしているものが『六方晶ダイヤモンド』と呼ばれているのです」
 おぉ! これが噂の「六方晶ダイヤモンド」なのか!

▲六方晶ダイヤモンドの結晶構造。正四面体型の炭素原子のいくつかを一つのかたまりとしてみたとき、ちょうど六角柱の中におさまるような形になっている。

 つまり、「ロンズデーライト」とは、正四面体型に結合の手を伸ばした炭素分子によってできているのは同じで、ただその組み上げられ方のちがうダイヤモンドだったのだ!!
 思わず興奮して「ところで、僕たちが普通に『ダイヤモンド』と言っている『立方晶ダイヤモンド』よりも、その『六方晶ダイヤモンド』の方が硬いんですか」と訊ねた。
 すると、内海氏は首を振った。
 「たぶん、硬さは同じだと思います……というか、手の上で転がせるような六方晶ダイヤモンドはまだ存在していないので、硬いかどうかという議論自体が難しいのです」
 え?……でも、内海氏も室温下で六方晶ダイヤモンドをつくって論文発表したはずでは?
 「あのときもとにした黒鉛の試料も、大きさ100マイクロメートル、厚さは1マイクロメートルで、その中に六方晶ダイヤモンドができたわけですから、手の中で転がせるものではありませんでした。しかも、減圧していくと、またもとの黒鉛に戻ってしまいました」
 記事にあった「隕石に含まれている場合もある」という六方晶ダイヤモンドに関しても、顕微鏡を使ってようやく見える程度のものだという。
 そう言えば、あの記事にも「シミュレーションを行った結果」とあった。つまり、コンピュータ上のシミュレーションで出された結果であって、六方晶ダイヤモンドの現物の硬さを計ったわけではなかったのだ。

世界で最も硬いダイヤモンド


 

 なんだかとってもがっかりしていると、内海氏がなぐさめるように言った。
 「ただ、さっきも言いましたが、“硬い”というのがどういうことなのか、その考え方によって話はちがってきます。手の上で転がせる物質で、これまでのダイヤモンドよりも“硬い”と言えるものは、実際につくられていますよ」
 そう言って、内海氏が紹介してくれたのは、2003年、愛媛大地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男教授らによってNature誌に発表された「超高硬度ナノ多結晶ダイヤモンド」だった。

 およそ10ナノメーター(1ナノメーター=1/1,000,000ミリ)のダイヤモンドの微粒子を固く結合させてつくられた多結晶体なので、単結晶のダイヤモンドが持っていたあの劈開性がない。どんな方向から力を加えても割れにくいという点で、まさに“ダイヤモンドより硬いダイヤモンド”なのである。しかも、現在では直径5ミリ以上の大型化と高品質化に成功しており、超高圧発生装置への応用や、超微細加工が求められる切削工具などの産業利用が期待されているという。

▲愛媛大地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男教授がつくりだした「超高硬度ナノ多結晶ダイヤモンド」。ダイヤモンドの微粒子を固く結合させた多結晶体なので劈開性がなく、“ダイヤモンドより硬いダイヤモンド”であり、「ヒメダイヤ」の愛称で呼ばれている。(提供:愛媛大学入舩教授)

 結論は出た。
 “硬い”ということがどういうことなのかは、考え方によってたくさんの解釈があった。
 でも、地球上に実際に存在して、少なくとも僕たちの手の上で転がせるほどの大きさの物質の中で最も硬い物質は、やっぱり「ダイヤモンド」だった。
 しかも、“X-men”のウルヴァリンのあの“最強の刃”のように「何かをぶった切るための物質」として考えたなら、これまでのダイヤモンドよりも “硬い”と言える人工ダイヤモンドも開発されていたという事実もわかった。
 なんとか仕事をやり終えてひと息ついたとき、ふと、一つの疑問が脳裡をよぎった。
 「ところで、さっきの『硬さは圧縮されにくさ』つまり『体積の減りにくさ』という話なんですが、何万気圧というレベルの高圧をかけた状態で、まさか目で見てわかるわけでもないのに、どうやって物質の圧縮された度合いを計ることができるのですか」
 「高圧下での物質の分子レベルの密度の変化を調べるんですよ」と内海氏は言った。「そのために、以前は兵庫県播磨にあるSPring-8の加速器で生成したX線を使って、現在はJ-PARCで生成した大強度中性子ビームを物質に当てて、分子レベルの構造を調べているんです」
 なるほど、だから内海さんは今、J-PARCで活躍しているのか!
 『やっぱり、科学の世界って深いなぁ』と感激しきりの私が、最後に「科学者になったきっかけはなんですか」と訊ねると、内海氏はうれしそうに笑って言った。
 「いろいろありますが、一番最初に科学に興味を持ったきっかけは、小学一年生からずっととっていた学研の『科学と学習』の『科学』でしたね」
 十数年来『○年の科学』で記事を書かせてもらった身としては、心にしみる言葉だった。

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