最初のネコは大学2年の頃。当時は江戸川区の平井という下町に住んでいた。四畳半一間のアパートは共同トイレに共同の炊事場。風呂などもちろんない。つまり文字どおり四畳半だけの生活空間。歩いて5分のところに銭湯がある。いわば70年代における由緒正しきアパート。今どきの大学生で、こんなアパートにすむ人は少ないだろうな。でも当時の大学生が暮らすアパートとしては、とても標準的だった。
銭湯の帰りに拾ったその真白な仔ネコの性別はメスで、確か真由美という名前をつけたはずだ。
と書くと、その頃付き合っていた人の名前ですかと聞く人がたまにいるのだけど、そんな艶やかな話じゃない。単純にタマとかミケとかシロなどの名前にしたくないと思っただけだ。
でも結局このネコは、アパートの大家に苦情を言われたので、自宅住まいの女友だちが持って行ってくれた。
次のネコは26歳の頃。大学を卒業はしたものの就職はせず、芝居や自主映画などの活動をしていた頃だ。当時の住まいは荻窪の六畳一間のアパートだ。風呂は相変わらず銭湯だけど、小さなキッチンがついていたそのアパートは、僕が移り住む前までは、後に映画監督となる林海象が住んでいた。
ほとんど陽が差さないけれど小さな裏庭もあるこのアパートで、僕はさっそく友人から仔ネコをもらった。オスのキジトラ。名前は力丸とつけた。白波五人男の南郷力丸だ。別に意味はない。何となく強そうだと思ったからだ。
でも力丸は強くなかった。朝起きると目脂で瞼がふさがっている。獣医からは先天的な目の疾患だと診断された。治療法はない。月に1度は獣医に通い、処方してもらった目薬をつけていた。
当時はまだ芝居をしていた。つまり生計はアルバイト。霞ヶ関の東京會舘などで皿洗いのバイトを主にしていた頃だ。もちろん極貧だ。獣医の診察料はきつい。でも放っておけば目が開かなくなる。それが分っていて放置はできない。
力丸とは長く暮らした。2年が過ぎる頃、僕は今の妻と結婚した。入籍時の僕は相変わらず無職。だから結婚式も挙げていない。